大判例

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大阪高等裁判所 昭和31年(う)1735号 判決

本件起訴状に記載せられた事実は、「被告人は昭和二十七年一月二十二日頃の午後三時半頃『野田村氏に訴へる』と題し弥栄中学野間分校教諭仲村芳直が戦争宣伝の波に乗つて生徒に海上保安学校の生徒募集をしているが、これは人殺し商売を奨めているのだ、その人格をうたがう等の趣旨の記載してある文書を生徒に頒布する為竹野郡野田村字野中二千二百六十四番地竹野郡組合立弥栄中学校野間分校の建物内に侵入したものである。」というのであり、これについて検察官は「文書の内容自体は不法なものではないがその文書を生徒に頒布するについて故なく弥栄中学野間分校に這入つたことが不法である」と釈明している(原審第一回公判調書の記載による)が、本件記録並に証拠によつて右起訴状記載の程度の事実が認められるにしても、その程度の事実にのみによつては被告人の行為を目して刑法第百三十条にいわゆる「故なく」人の看守する建造物に侵入したものとするには未だ不十分なものがある。すなわちそう認めるためには本件控訴趣意書において検察官が主張するように、右校舎に入るためには建造物(校舎)の管理者が承諾があるか、或は仮に承諾がなくても、建造物に入ることについて正当の事由があつて管理権者がその建造物に入ることを認めるであろうと一般的に考えられる場合のほかは「故なく」、すなわち不法に侵入したものとせらるべきところ、被告人の本件行為は管理者の承諾もなく、またその承諾を受けうるとは一般的に考えられえない場合に該当するとの点が主張され、且つその主張が是認される必要がある。そして本件起訴事実としてはその点まで明示していないが、右趣旨のものであることは記録全般を通じて窺えるから、以下、被告人の本件行為が果して「故なく」侵入したものであると認定せらるべき事情の下に行われたかどうかについて考えてみる。

原審並に当審における証人中村保の証言及び被告人の供述によると、本件校舎の管理者は中村保であるが、本件文書を頒布するため被告人が本件校舎に入るについて、事前にことさら管理者中村保にその目的を告げて入ることの承諾を求めたことのないことは明かである。そして、本件において頒布せられた文書の内容は領置にかゝるビラによつて明かなように生徒並にその父兄らによつて読まれることを目的とし共産党野間細胞が日本の軍備に反対するという政治的立場から、同分校の教論仲井芳直が生徒らに対して海上保安学校の生徒募集に応ずることを奨めたということを皮肉な調子で批判したものであるから、これを生徒らに頒布する目的で右分校々舎に入つたことが法律上正当な権限によるものでないことは勿論、学校管理関係者の側において当然これを是認する行為であるとも断定し切れるものではない。けれどもまたそれだからといつて学校の管理関係者側において被告人の校舎立入行為を全然管理者の意思に背いたものとしその立入を拒んだに相違ないとも一概に判定するわけにもいかない。なぜかといえば、当審の検証並にその際行われた証人中村保の尋問の結果によつて明かなように本件野間分校は山間村落の唯一の学校であつて生徒の教育をする場所でもあると同時に村人にとつての文化の中心とも目され、入口には開閉する門もなく、また周囲には出入を遮ぎるべき設備もなく、そして特に出入者を監視する詰所とか監視員も存在せず、およそ、村民は学校業務とか生徒の授業そのものに支障となり、また校舎そのものに危害を加えるとか、校舎内でことさら犯罪となる不法行為を行うとか、その他客観的にみて校舎内で行うことが到底許されないような行為を行う目的でない限りは特に管理者の許可を得る手続を経ずとも自由に右校舎内に立入ることができる実情にあり、そして右に掲げた無断立入が禁ぜられた場合といえば、要するに管理者としては侵入を拒否するに相違ないと一般的に認められる場合であつて、かゝる場合に該当するものと明かに認められる目的をもつて無断侵入したときは当然「故なく」不法に侵入したものといつてよいけれども、本件文書の頒布の目的による校舎への立入の如きは同校として初めての事例であり、事案の性質上からしても右の禁ぜられた無断立入に該当するかどうか未だ明確を欠くところがあるからである。従つてその点については更に進んで具体的な事情を検討し、果して本件の場合に学校管理者側にその立入を当然拒否する関係にあつたかどうかを定めなければならない。ところで、原審において証人中村保並に同田宮寿吉は、前者は本件分校の管理者として、後者は同分校の教育上の責任者として学校内で本件文書を生徒に頒布されることは立場上困るとして、もし被告人から事前にその目的を示して学校内に入る許可を求められたらば、これを拒否したであろうとの趣旨にもとれる供述をしているが、そもそも本件文書の頒布はなにも右校舎内において頒布せられたが故に特に教育上困るとなるわけのものでもなく、学校への往復の途上その他校舎外のいづれにおいて行われても教育上困るといえば困る事柄であり、右各証言の趣旨も、被告人の本件文書の頒布行為に重点をおき、校舎内に入ることに重点をおいたものでないと思えるふしがあるし、右証人等は該分校の責任者たる立場にある関係上、正面切つて被告人から本件文書のような政治的性格を具えた文書を生徒に頒布する目的で入るのであると告げてその許可を求められた場合に、これを是認して許可を与えるとは常識上考えられぬから、原審においてこのように供述することは右両人の立場上当然のこととも思える。従つてその反面において右証人等が被告人の本件校舎への立入並にその目的を仮りに知つていたとしても、特に被告人からその許可を求められない限りその立入はこれを黙認し、その目的行為の遂行を思い止らしめる措置をとることに努めるということも考えられる余地があり、また原審証人山内年彦のいうところによると学校教育上からみても被告人の本件校舎への立入は強ちこれを不当視することができないとある上、当審において証人中村保は、「たゞビラを撒くことを止めてもらうという意味で、その目的で学校に入つて来ること、或はそのために学校の中にいることを咎め立てするつもりはなかつた」と述べているのであるから、以上の諸点からして本件の場合には、学校の管理関係者の側においても、必ずしも被告人の立入を不法視していたかどうかは疑わしく被告人としても、原審並に当審において供述しているとおり、本件文書を生徒に頒布することはなるほど職員達にとつては快いことではないと思つたが、それだといつてその頒布のために校舎に入ることは、平素の場合と同様で、別段入ることを禁ぜられるとは思つていなかつたというのであるから、客観的事情においても、被告人の主観においても本件文書を生徒に頒布するため右分校々舎に入つたことが、当然一般的にみて、管理者の意思に反したものであると認定するわけにはいかない。従つて、本件の場合のように、ある目的をもつて人の看守する建物に立入つたことについては、時としてその目的だけによつてはその立入行為が不法となるかどうか不明確な場合もあるというべく、かゝる場合には、その立入に対して事前に管理関係者において掲示その他の方法によつて予めその意思を表示しておくか、或はその立入に際して現実にそれを拒むか又は立入後退去を命ずるかによつて意思を表示した場合であれば格別、そうでない限りは、その立入を「故なき」ものとして不法侵入と断ずることはできないと考えなければならない。そして本件においては立入前後においてかゝる管理関係者の意思表示がなされたものと認むべき資料はないし、被告人の本件文書頒布の目的による建造物への立入をその目的自体によつて直ちに管理者の意思に反したものと認めるには未だ疑問の余地が存するから、結局本件については犯罪の証明がないといわなければならない。そして原判決は、本件は罪とならないものとし、刑事訴訟法第三百三十六条前段を適用して無罪の言渡をしているが、先に説明したように本件公訴事実は要するに被告人の本件文書頒布の目的による校舎への立入が管理者の意思に反したものであるというにあるものと解すべきところ、証拠上その点が明確でないということに帰するから前示のように犯罪の証明がないものとして刑事訴訟法第三百三十六条後段を適用するのが妥当である。けれども、そのいづれを適用するにしても共に無罪を言い渡すことになるのであるから判決には何ら影響を及ぼすものではなく、原判決はこれを維持して差支がない。

(裁判長判事 網田覚一 判事 小泉敏次 判事 坂口公男)

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